グランドデザインコンテスト

現代住環境

第1章 欧州の住環境

1-4 スゥエーデンの冬

寒冷地や積雪の多い国ではどの様な生活をしているのであろうか。スイス・チューリッヒ、アメリカ・ボストンなど駐在した経験と、スウェーデンなど北欧三国やフィンランドへ長期出張した経験から彼らの生活の知恵を覗いてみよう。これらの地域は寒帯に属し、かつ積雪地帯で冬の寒さは厳しく、一方、夏は湿度が低く涼しく概して快適な生活環境を得られる地域である。これらの地域では夏季に冷房装置の必要性を感じない、故に、殆どその設備を持っている住宅はないに等しい。ちょうどイタリアが冬季用の暖房設備をほとんど持っていないことと冷暖房装置の位相が180度逆になっている。夏季でも日向は暖かいが日陰に入るとノースリーブのシャツでは肌寒さを感じるほどで、夕暮れ時には薄いカーデガンなどが欲しくなることをしばしば経験した。
ビジネス街や市街地には高層建築や集合住宅などがあるが、郊外に出ると個人住宅の街並みが広がっているが、そこでは木質系住宅が多くを占めている。そして、それらの家々には必ず窓際に、洋画のシーンなどで良く見られる窓辺に設置されているセントラル・ヒーティングのラジエターが完備している。そのために冬季の室内環境は甚だ快適で、室内ではワイシャツ一枚で過ごせるほどの温かさを保っている。
著者がスェーデンを頻繁に出張訪問した頃の冬は寒さが厳しく外気温は昼でも−5℃〜−10℃程度に、夜半はさらに下がり、−20℃〜−30℃になることも度々あったし、相当の積雪も経験した。ある時、イエーテボリ大学(Gothenburg Univ.)を訪問したときに已む無く屋外で作業する必要が生じ研究所のすぐ前の歩道でハンド工具を使用し機械の組み立て調整をしている時に、手に持っていた電工ペンチが突然動かなくなった。機械油が凍ってしまったのである、ハンドバーナーで暖めながら使用したが日中でも-20℃以下になるとこのような現象が起きるのだと貴重な経験をした事がある。
この寒さを読者に実感いただくためにもうひとつ脱線話をしよう、作業が終了し道具類を車にしまいエンジンを掛けようとしたがセルモーターが回るだけで一向にエンジンはかからなかった。ちなみに車はスウェーデン製の世界に誇るボルボで寒冷地には滅法強い筈であるが、数時間も極寒の路上駐車はさすがに堪えたようである。友人はおもむろにスプレー缶をトランクから持ち出して車のボンネットを開け、さらにはエアークリーナーの蓋を開けてキャブレターの中心に向かってスプレーを吹きかけた。そして著者に向かって手首をくるくると回しエンジンを掛けろと合図してきたのでキーを回すと不規則な回転ながらエンジンが掛かり始めた、すかさず友人が運転席へ駆け込んできてアクセルペダルを操作し始めてやっと正常な力強い回転音が響き始めた。スプレー缶にはエーテルが入っていると教えてくれた。当時は燃料噴射式のエンジンは高級スポーツカーにしか装備されていなく一般車はほとんどがキャブレータ式であった為に、この寒さではガソリンが気化せずエンジンが始動しない場合が多い、スプレー缶はそのための緊急用のグッズで自動車用品店ならどこにでも常備されている伝家の宝刀であると話してくれた。生活の知恵である。最近は温暖化の影響であろうか雪もほとんど降らないし、川や湖も結氷することがなく氷上カーレースなどは昔話になったと、また隣国のフィンランドでも同じ傾向で湖の回りで開催される雪と氷のラリー競技が出来なくなったと、或る友人が教えてくれた。

07冬季の北欧は気温が常時氷点下になり空気中の水分はすべて凍りつき湿度を下げる作用をする。晴天の日で外気温が-20℃以下になると晴れているのに空中にキラキラ光る細かい氷が見られるがこれが有名なダイヤモンドダストである。そして、住宅地周辺は積雪により銀世界になり気温が低いので雪はさらさらの粉雪である。しかし、家屋の外周ではその熱により解けたりして、湿気が屋内に入り込む場合があるがこれに対する対策がしっかりしている。玄関ドアーの二重構造などはその代表例であろうし、他にも防湿・防寒対策とて窓ガラスは二重構造(Double Glazing=複層ガラス)としている、極寒冷地では三重構造の窓なども多い、そしてカーテンもしっかりした防寒、防湿対策を施している。カーテンが三重になっているのはもう一つ理由がある。それは、この地域では夏に太陽が殆ど沈まず夜中でも屋外で街灯などの照明が無くても新聞が読める明るさなのである。この明るさを遮断する目的もあり室内側の三枚目のカーテンは黒布の厚地カーテンを使っている。 

08このような気候を持つ地域の郊外に建つ戸建住宅には木造2階・3階建ての家が多く見られる。 それは北欧が世界有数の林業国で広大な国土のほとんどはタイガと呼ばれる針葉樹林帯である。そしてこの森林資源を基に化学工業や製薬会社等世界有数の企業が多く勃興した。特に有名なのは赤松材で寒冷地育ちのため木目が密で硬い優秀な建築木材が豊富に採れるし、さらに、北欧は日本で見られる夏の南風や台風、冬の北風のような強風や暴風雨は殆ど発生しないために樹姿がすなおに真っ直ぐに天に向かって伸びるために建築材としてうってつけなのである。このような優良な建築資材が容易に入手できる環境が整っている。これを利用したログハウスなどはその典型的な建築技法であろう。この技法は寒冷地や寒暖の温度変化の激しい地域や湿度が高い地域などで好んで採用されている。樹木が成長中には水の導管(針葉樹では仮導管)として使っていた部分は、建築材料になってからは内部が中空である事から優秀な断熱材として働き、また、湿度をパッシブに調節してくれる機能を備えているので積雪地帯・寒冷地で古くから使われてきた建築技法であり、数百年前から住居だけでなく食料庫などにも広く利用されていた。この建築技法とほぼ同じ技法の建物は日本でも見る事ができる。あの校倉(あぜくら)造りで有名な奈良の正倉院(1300年代建設)が其れである。

09また、ノルウェーでバイキングが活躍した時代が終かける頃の1200年代〜1400年代にかけてスターブ教会(Stavkirke, kirke=教会)が同じような建築技法で数千軒も建設された事があり、現在も40軒ほどが現存している。この事実から、寒冷地・積雪・多湿地域には木造建築が長期間に亘り安定した建物として、耐寒性(保温性)・防湿性(吸湿性)の面で有効であることが理解できる。 そして、建築文化は地域密着型の森林資源活用(または、石材などの建築資材)とその地の気候風土に見合った建物が永い歴史に立脚してどっしりと根を張っていることがノルウェー やスウェーデンで見る事ができる。
北欧と日本でほぼ同じ時期に同じような技法で、あちらではログ、一方日本では校倉造りが同じ年代に立てられていた事は大変に興味深い。何らかの技術交流があったのであろうか!

話は戻るが、著者の友人の家がスウェーデンの針葉樹材をビームとしてふんだんに使った木質系の家であった。ストックホルム(Stockholm)と学園都市のウプサラ(Uppsala)のほぼ中間にソレンチューナ町(Sollentuna)があり友人はこの街に住んでいたし、良く遊びに行った。友人宅に泊めて貰いながらウプサラ大学(Uppsala Univ.=13世紀創設、北欧最古)へ仕事に通ったものである。友人の家は、屋根裏部屋付きの二階建てであった。一階部分には外壁を石積みやコンクリートで補強し寒さと積雪から保護されていて、そこは車庫、物置、及び大切なボイラーなどの設備類が設置されていた。二階・屋根裏部屋などの躯体にはふんだんに太い柱や梁が使用され、室内の床やなどにも木目がきれいな樹が使われていて、木の香がすがすがしい住宅であった。屋内ではセントラルヒーティングのラジエーターが暖房の主役になっているが、併行して居間には暖炉が設えてあった。その熱も上手に利用し暖房していた。暖炉の周りは石組でマントルピースを造り、そこに蓄熱させて夜間に放熱させ長時間にわたり暖かさを得る工夫がなされていし、さらにマントルピースの石壁は隣の部屋と共有し蓄熱のエネルギーを上手に使っているし、さらに煙道は壁の中を通しながら他の部屋へも暖かさが伝わるように工夫していた。
薪が暖炉の中で燃える風情は実に人を和ませてくれるものである、事実、友人宅の暖炉には良い想い出がある。夕食後などには、揺らぐ炎の前でブランデーグラスを回しながら友と将来を語りあったりした癒しの空間でもあった。

この地域の、冬季は日暮れが早く午後3時ごろには真っ暗になる。イタリアでは午後8時〜10時に夕食を採るが、スエーデンでは比較的早い時間に始まる。午後5時〜6時前後がこの地の平均的夕食時間である。そのためか、ベッドに入るまで時間があり就寝までの前に家族や近くの友人知人などを招き、暖炉の前でサパーを楽しむ習慣がある。時には紅茶とサンドイッチを楽しんだり、ある時にはフルーツとコーヒーであったり、薪のはぜる音を聞きながら、ほのかに揺れる炎を囲み家族・友人・知人達と談笑していると一日の疲れも吹っ飛んでしまうすばらしい舞台装置が殆どの家に備えられていて、それは実に快適な住環境であったと記憶している。


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