グランドデザインコンテスト

現代住環境

第1章 欧州の住環境

1-5 フランス・パリのアパート暮らし

パリここまでは主に寒冷地・積雪地帯の生活経験からその地の暖房についてペンを走らせて来たが、ここからは温帯・亜寒帯地帯に位置するフランス・パリに駐在した時の感想について書いてみたい。著者は多くの国々を訪れたが、フランス・パリ、及びその近郊に居を構えた時間が一番長い事から、そこで生活した記憶が他の地域よりも強く残っている。パリ市内での住まいは凱旋門のすぐ北側の17区(Paris 17em)のアパートメント(集合住宅)で凱旋門へは歩いて5分程度の距離であった、このアパートは窓が北向きで暖房は普通のセントラルヒーティング・ラジエター型で交通の便が良い事意外は取り立てて住まいの好印象は持っていない。次に引っ越した先は、そこから車で10分程西へ行った所にあるヌイーユ橋(Pont de Neuilly)地区である。大通りから100mほど北へ入ったところに新しい住まいはあった。大通りからは凱旋門が一望できる閑静な住宅地で、周りには映画俳優や著名人などが多く居を構えていた。

パリ新しい住まいも、所謂、アパートメントハウス(集合住宅)で前者の住まいではラジエーターが、そして今度の住まいには床暖房が設置されていたので冬場の生活は非常に快適であった。また、夏季のエアコンによる冷房設備は無かったが、湿度が低いために不快感を感じたことは無かった。 特に、床暖房の快適さは最高に幸せな気分にしてくれるほどで、ペンで其れを上手に表現するのはなかなか難しいものがある。床暖房を効かせた部屋では、室温はあまり高くないのに暖かく感じ至極快適な空間を提供してくれて、ラジエーター(スチーム暖房)の室温設定が23℃〜25℃ぐらいであるのに対して、床暖房の室温は約18℃位であった。入居当初はこんなに低い温度では寒くないのかと心配したしたほどであったがすぐに取り越し苦労であったことを覚えている。そして、床暖房の温もりはラジエーター暖房(スチーム暖房)の暖かさと感覚的に大きな違いがあったことを今でも覚えている。
人は暖かさを感じるのは身体の中で皮膚が露出している場所とばかりと思い込んでいたが、それは、いままではラジエーター暖房の家にしか住んだ経験が無かったので当然の事といえる。 しかしながら、実際に床暖房の温かさを一度経験するとその有り難さが身にしみて分かり、その謎が解けるのである。

パリ床暖房ではフローリングの床材に手のひらを押し当てても暖かさは余り感じない。強いて言えば温もりを感じる程度で壁やテーブル表面に手を当てたときの温感よりやや暖かいと感じる程度である。ところが、長く床暖房の効いた部屋にいると身体全体が温まってくるから不思議である。露出している皮膚からの温感とは全く感覚が違い、明らかに暖かさの感じ方が異なるいのである。それは端的に云えば赤外線を肌で感じるラジエター暖房(スチーム暖房)と、一方、遠赤外線の輻射熱を体内で受ける熱エネルギーの違いによるものである。その熱線は波長が最も長い遠赤外線(電磁波の一種)を床が発しているためで、その遠赤外線のエネルギーは被服や皮膚を通り身体の奥まで浸透し吸収されるために、身体全体が温まるのである。ラジエーター型の暖房から発せられる熱は放射熱で、所謂、普通の赤外線で、皮膚の表面で吸収されて暖かさやあるいはピリピリ感を覚えるのであって、この違いが床暖房が冬季の暖房では快適である所以である。

パリこんな逸話がある、ある時友人夫妻が私の家に遊びに来たことがある、欧米人の習慣とは違って日本流で玄関でスリッパに履き替えていただき居間に通っていただいた。しばらく楽しく談笑しているうちに彼の奥方が突然に、“このスリッパは魔法の履物みたいですね、つま先がぽかぽかと暖かく気持ちがいいですね”と話し始めた、その意味がしばらくして分かったので友人と二人して大笑いした経験があるが、床暖房を今までに経験した事が無い友人夫人は鳩に豆鉄砲のような顔をしていた事を昨日の出来事のように覚えている。

このパリ郊外のヌイーユ橋(Pont de Neuilly)地区に住んでいた時代に経験した床暖房の快適さは、今まで多くの国々を仕事で巡ったラジエター型の暖房とは、全く異質の温感であり暖かさと温もりを与えてくれた貴重な経験をさせてもらえた。美味しいワインと豪華なフレンチ・ディナーを食べてほんの少しの時間だけ幸せ気分を味わった事より、永い時間に亘り価値のある体験を自分の住まいで味わったことは何事にも変えがたい経験で有った。もし、家を建てるなら自分の家には床暖房を入れようと心に決めたのはこの地での出来事があったからである。


矢印1-6 スイス、チロル地方の家

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